着付けが面倒だとか、一式そろえると結構高価だからとか、
あちこち窮屈で 自然な立ち居振る舞いが難しいとか。
何より着るような機会が少ないからと、
近年、若い層の和装離れが懸念されているが、
どこか華やかで奔放な、夏宵の催しが廃れぬせいだろう、
浴衣だけはお洒落な装いとして若者の間でも健在なようで。
そこは若い人が好むとするだけに、
反物から選んで採寸して仕立てるという本格的なそれじゃあなく、
水着と一緒で ひと夏のみ楽しむレベル。
ファッションモールで “吊るし”で売られているような
学生でも買えそうな安価なものもお目見えしているし、
縞や小紋や古典柄とかいうオーソドックスな和柄もののみならず、
薔薇やリボンやアゲハ蝶なぞ、なかなか奇抜な柄のものもあるとかで。
着付けにしても
レースやフリルの付いた帯揚げやら半襟やら、
ストーン付きのチャームをちゃらちゃら揺らしたりとか、
個性的な装いを大胆に披露することも今風だとか。
まま、それもまたファッションなのだから、
個性優先、好きなように自己主張すればいいのだが、
“けど、足元へサンダルやミュールを合わせようものなら、
無言で微笑む紅葉の姐さんから 鉄拳食らうかもだよな。”
クロックスなぞペタペタ履こうものならば…おお怖い。(笑)
でも足元不安なのって、催しも装いも楽しめないんですがね。
東南アジア系の嘘んこジャパン風な
茶髪盛りまくりでゴッテゴテのけばけばしい着付けより
そっちをこそ見ないふりしてほしいなぁ。
って、それはともかく。
「ほれ、出来たぞ。」
「わ、ありがとうございますvv」
きゅうと結び目を締め上げてから、形を整え、
よし完成だと、その上のほっそりとした背中をぽんと軽く叩いてやれば、
後ろ向きなのが落ち着けなんだか、微妙にそわそわしていた敦がやっと肩から力を抜く。
旅館などで着る寝間着浴衣と違い、
はだけぬようにしっかと着付けるのは やはり慣れがないとなかなかこなせぬもので。
帯一つとっても、幼い子供なら兵児帯の蝶々結びでも十分だろうが大人はそうもいかない。
女性なら文庫、若しくは蝶結びが定番だが、最近は色々と遊び心のあるものも多く、
特に浴衣では、長い帯を使ってのアレンジで
花弁を幾重にも巻いて椿や薔薇のような花を作ったり
蝶々むすびの片やにリボンを作っておいて
仕上げで開いて重なったよう見せる“マリーゴールド”なんてのもあるそうで。
“そういう着付けも似合いそうじゃああるが♪”
引っ込めた手の先で両の袖口をそれぞれ摘まんで腕を伸ばし、
奴さんのような格好で袖をピンと張ってみて、
自身の胸元なんぞを嬉しそうに見回す様子は、
まだまだ丸みの強い目許と相俟って 十分幼くて愛らしいが。
それでも上背は結構あるのだし、彼なりの自負があるのも重々承知の兄人としては、
ちゃんと男衆として扱ってやらにゃあなと、
きりりと凛々しい着付けを心がけてやった。
男性の場合、帯は角帯を用いて、
“貝の口”か“片ばさみ”という結び方をする。
子供や女性と違い、腰位置で結ぶので、
それによってもなかなかの鷹揚さが醸せていい。
「でも新しい浴衣まで揃えてもらうなんて。」
昨年もやはり宵の逢瀬にと浴衣を揃えてもらってのお出掛けをしており、
その折に頂いた一式、ちゃんと大事に取ってある。
今年もそろそろそんな時期だな。ああでも中也さんお忙しいしな。
あちらの皆さんとの花火見物という顔合わせもあるといってたし…と。
先にあれこれ考えた末、話題にするのもちょっと憚られておれば、
そんな戸惑いや遠慮を笑い飛ばすようにお誘いがかかってのこの逢瀬。
此処もまた彼のセーフハウスなのか、
随分と見晴らしのいいマンションのしかも高層階のフラットに呼ばれ、
さてまずは着替えようなと、
先に浴衣姿だった兄人の優雅な拵えへ
ほわんと見惚れている間にも手際よく手を取られて引き寄せられ。
赤くなってるその間にも、あれよあれよと剥かれて着せられたのがこの浴衣。
敦には覚えのない新品で、
「去年のが白基調だったから、今年は趣向を変えてみたんだが。」
濃紺と淡青の縦縞で、
浅めの青地の部分には菱形が花のように合わさった“麻の実柄”が染めつけられており。
さほど畏まらない、若い子向きの拵えなのが、
色白な少年の白銀の髪にも程よく拮抗していて。
真昼の散歩だと濃い色の方が主張するかもしれぬが、
宵の中ではそんな輪郭も暗がりへと解け入って、結構絶妙なバランスになりそう。
「よく似合ってるぞ。俺のセンスを褒めてほしいくらいだぜ。」
「ううう…。/////////」
それは上機嫌なまま
あっはっはと快活に笑い飛ばされちゃあ、
それを曇らせるよな野暮な文言なぞ続けられようか。
いつだったかあまりに贈答品が重なった折、困りますと口に出したこともあったれど、
『うん。敦はそりゃあ真面目だし、
物で甘やかされたり懐柔されねぇ、
そういうのを良しとしねぇ性分なのも判ってるけどな。』
そういった自負云々以前の話、
申し訳ないですと恐縮しているのも重々承知だった中也としては。
ただただ強引に押し付けるばかりではなく、
たまには弁舌も振るっておいで。
『こりゃあ俺の我儘だ。
出先なんかで敦に似合いそうなものを見るとついつい購っちまう。
いつもそばに居られねぇのが詰まんねぇって駄々こねてるみてぇなもんだ。』
こっちこそさりげない気遣いや何やって恰好で粋に構えられねぇで、
物でしか渡せねぇ野暮が申し訳ねぇ、なんて言われては。
遠慮のつもりが責めてるような格好になると
気づいてしまう少年に それ以上の尻込みをさせない効果をもたらしており。
気立ての優しい相手へ、そこへ付け込んでのちょっと意地悪な仕立てかも知れないが、
“嘘は言ってねぇしなぁ♪”
太宰ほどに見境なしの百戦錬磨とまではいかぬが、これでもそれなりの女性遍歴はある。
中には“要らねぇなら捨てちまやいい”なんて乱暴な口ぶりで押し付けて、
歯向かえないのと勿体ないのとから唯々諾々受け取るだろうと見越すよな、
そんな“上から目線”を押し通す、偉そうな付き合いようをした相手も少なくはなかったが、
この子にだけはそういう乱暴はすまいと、これでも気を遣っている方で。
自分でもらしくねぇなと苦笑が洩れるほど、
それほどにぞっこんなのだから、これはもうしょうがない。
そんなこんなという こそばゆい駆け引きごっこも久々で楽しいし、
自分の好みにこしらえるのがまた楽しい。
絶妙な加減で抜いた格好の衿の青に
色白なうなじの綺麗さが清楚ながらもやや婀娜に映えているのが、
我ながらいい仕事したなぁと大満足だったりし。
そんなご満悦にひたる中也の方は、
生成り地に手描きのような縦縞が不規則に走るストライプものをまとっており、
「一応はこれも古典柄なんだぜ? よろけ縞っていうんだ。」
「よろけじま?」
そりゃあ美麗な中也が小粋な着付けでまとっているせいもあろう、
ずんとモダンな柄に見え、
てっきり今風かと思ってたらしい敦がきょとんと眼を見張る。
柄がサイケだったり地味派手だったりする、クラシカルなアロハシャツ、
実は日本の着物生地をまんま使ってたのが起源なのはご存じか。
日本人の感性って奥深いんです、ホンマに。
あと、これは意外と知られていないかもだが、
男性の着物には“八ツ口”と呼ばれる 袖の付け根の脇の切れ目がない。
これはむしろ、女性や子供の着物にだけ出来たといった方が正解で、
時代が下がるにより帯が豪奢になり、その幅も広くなったため
結びやすいよう、はたまた袂の付け根が挟まれて突っ張らかってしまわぬよう
脇へゆとりを取るために作られたもの。
決してそこから手を入れて悪戯するためじゃあないので念のため。
で、何でまた、見晴らしのいいマンションへ招かれ、
そのままあれよあれよと浴衣に着替えた二人だったかと言えば、
「こんなところからの見物になっちまってすまねぇな。」
慣れない着物の着心地に慣れるのも兼ねてか、
見事な眺望につい惹かれ、つつつと窓辺へ足を運ぶ敦だったのへ、
畳紙(たとうし)やら紐やらを手早く片付けていた中也がそんな声をかける。
「去年みてぇに、夜店や何やがにぎやかな雑踏の中から観た方が風情もあるんだろうが。」
ちなみに、マフィアと要人は窓辺へホイホイ近寄っちゃあならぬ。
何処から狙撃されるか判らぬからで、
ただ、こうまで高層では相手も同じく高層ビルの屋上にでも上がらねば無理だろうし、
ここのは硝子自体も単なる防弾強化のみならず、
中也自身の重力操作にもある程度は耐えうる仕様に仕上げられているので、
下手をすると外壁が破損してもガラスは原形をとどめたままという
珍妙なことになりそうなフラットだが、それも今はさておいて。
いかにも一般人という無防備さ、
大きな窓へ手を添えて、
それこそ幼子のように“わぁ”と目を見張る敦の傍らまで中也もまた歩みを運ぶ。
イルミネーションあふるる夜景の目映さのせいで
空にあるのだろ星影はあまり望めぬ眺望だが、
その暗がりを舞台とし、今宵は華やかな花火が盛大に揚がる晩であり。
昨年、一緒に見物した同じ催し、今宵はこんな格好での見物と相成った二人。
浴衣デート、今年は無理かななんて思ってた敦くんを、こんな格好で誘ってくれた兄人は、
『今晩はちょっと微妙でな。もしかして呼び出しがかかるかもしれんのだ。』
何しろ、ヨコハマの夜の帳を支配し監視し、暗躍するのがポートマフィアであり。
探偵社の敦が肯定してはいかんのだが、
今日のこの善き宵のどこかでもこっそりと
怪しい取引やその護衛、はたまた裏切り者を狩る殲滅などなど、
それは密やかにそれは手際よく、彼らの“お仕事”が執行されていたりするのだろう。
そして、他の班や部隊が任されている“お仕事”が下手を打ったとなれば、
頼もしき幹部様におかれましては、援軍に向かえなんてな連絡があるやも知れぬそうで。
五大幹部様がそうそう圧倒されはしなかろが、血生臭い現場へ送り出すのは気が引けるので、
「連絡、無いといいですね。」
敦がぽそりと呟けば、
そのしおらしさに打たれたか、
寄り添った幼い恋人くんの肩口へ顎先を載っけて “んんん〜〜”と懐いて見せてから、
「まあな。大事はないはずだが。」
「〜〜〜〜。///////////」
ふふふと間近からの含み笑いが聞こえ、耳朶をくすぐられた敦がますますと赤くなる。
「ざ、雑踏の中に居たんじゃあ抜け出せないですもんね。///////」
呼び出しがあるかも知れぬから、
花火大会の真っただ中にはおれないと言われたの、
自分なりに“大変ですよねぇ”となぞってみた少年だったが、
「んん?」
一瞬、何の話だ?と言わんばかりにキョトンとし、深藍色の瞳を瞬かせた大幹部。
あれれ、話が通じてないぞと、こちらもキョトンとし、
「いやいや。ですから、呼び出されてもすぐには抜け出せなかろうし。」
敦が先程の呟きを噛み砕いて言い直したところ、
「いや別に。俺だけなら、
その場で異能使って雑踏のはるか上へって飛び上がりゃあいいだけの話だし。」
「はい?」
そんなことしたら、あのあの身元が特定されませんか?
何言ってるよ、とんでもない雑踏だぜ、防犯カメラでもチェックは無理だろう。
間近にいた人が驚くんじゃあ?
それにしたって どこの誰かまでは判らねぇさ。
「せいぜい、ああしまった面白い動画撮れたろに シクったって残念がられるくらいじゃねぇか?」
カカカと笑い飛ばす豪気さはいつもの中也じゃああったれど。
そしてようよう考えれば、
たとい防犯カメラで撮られていても、犯罪関わりな事象でなし、
ポートマフィアの圧力やコネを動員すれば、そんな映像なんてありませんと握り潰せもするのだろけれど。
「えっとぉ?」
じゃあ何でまた、呼び出しがかかると不味いからという口上を敦に言った彼なのか。
雑踏からの強引な脱出も特に問題ないならば、何でどうして此処からの見物となったのかなぁと、
合点がいかない子虎の少年、キョトンとしたまま兄人を見やれば、
「だから、だな。」
此処でやっと、ちょっぴり照れたよに視線を外した赤毛の幹部様、
着付けの都合でと浴衣の袖を上げるべく、たすき掛けしていた紐をいじりつつ、
「だから、その。
一緒に浮かび上がるとして、
敦のかわいいくるぶしとか観られんのが ヤだったんだよ。」
「……っ☆」
何処の馬の骨とも知らねぇ奴に、浴衣の裾が乱れるとことか、
あまつさえトランクス覗かれるなんて、思っただけでもムカついてなと。
ご本人は真剣本気の憤怒の表情、握り拳をぐぐっと固めておいでだが、
「いやあの、それが理由、でしたか。////////////」
何だぁ、自分が理由だったのかぁと、
その微妙な熱血ぶりごと理解したうえで、
何だか拍子抜けしてしまった敦くんだったのは言うまでもなく。
*注意、このお話は おにゃのこver.ではありません。(笑)
別に覗かれたって、というか ボク 男ですし
覗き込むような人がいるはず無いでしょうにと言いかかれば、
「いやいや、敦くんみたいな可愛い子は常に用心しとかないとねぇ。」
いやに感慨深げな声にて、不意にそんな合いの手が入ったから、
思いもよらない間合いだったそれへ、重ねて吃驚した虎の子くん。
わあと飛び上がり、そのまま…頼もしい兄人から手を引かれた誘導に添って、
その背後へ回ったところなぞ、守られて相応しいお嬢様のようでもあったが。
中也と真っ向から向かい合う格好となった乱入者を、
こちらは兄人の肩越しに見やった姫君、
「あ…。」
冗談抜きに一体いつの間にという 音なし気配なしの手際にて、
広いリビングのソファーに悠然と腰かけていたのが、同じ探偵社の先達の太宰なら。
あああ、やっぱりアポイントメント無しですかと今悟ったか、
ちょっと額を押さえている芥川も一緒であり。
「手前、どっから入った。」
「野暮なこと訊かないの。
今夜の花火を見るなら此処かなぁって、察しがついただけの話じゃないか。」
ひょいっと両の腕を持ち上げるポーズも俳優ばりに決まっておいでの、無駄に美しい困った先達。
いつもの運びで、まずはのご挨拶代わりに口喧嘩が始まったのを、
どうせ割り込んだって止まらぬそれだと、さすがに慣れたか放置して、
それぞれの連れ同士がこそこそと身を寄せ合う。
「二人も花火見物?」
「然り。」
さすがにあの外套は目立つからか、
白いシャツにストレートの綿パンと、濃い色の内衣という
あっさりしたいでたちの黒獣の覇王様は、
少し大きめの手提げかばんを下げていて。
「浴衣なら中原さんに着せてもらおうと。」
「え?」
お邪魔をしてすまぬなと、判る人は少なかろうささやかな按配で、
声をひそめ、これでも恐縮して見せた黒獣の兄様だったが。
敦くんが意外に感じたのは、
「ああ? 着物の着付けなら自分で出来ようが。」
そう。向こうでも中也が太宰本人へ吠えたよに、
何でもこなせる知性派の策士様、
和装の着付けだって難なくこなせる器用な人で。
自分でも着られるのは勿論のこと、人への着付けも完璧で、
変装の必要があった折なぞ、
そりゃあ愛らしい振り袖姿へきっちり着付けしていただいた覚えがあって。
“いやあの、まだ中也さんへは報告してないけれども。////////”
だというに、大して困ってもいない風、
むしろ そのっくらい出来るさとあっさり流し、
「出来るっていうのと、綺麗に仕上げられるってのは別物でね。」
本当は頭下げるなんて嫌なのだけど、私の美的感覚が妥協を許さないのでね。
大切な彼の装いこしらえだもの、満足いく仕上がりにしたいじゃないかと、
榛色の綺麗な双眸、意味深にやや伏せて、悩ましげな顔になる。
「…判ったよ。ほら来い、芥川。」
彼が見やったのは、共に運んだ連れの青年で。
そうかいそうかい、仕方がねぇなと、肩を落としつつもやっと何とか事情は飲んだか、
来い来いとそ黒の青年を手招きすると、
持参している一式を覗き込み、じゃあそっちの部屋でと刳り貫きになった戸口を指差して促す。
「敦、ちょっと待っててくれな。」
「はい。」
流石に見せもの状態で着せるのは可哀想だと思ったのだろ、
先に行かせた芥川を追い、解かぬままだったたすき掛けも凛々しく、
兄人がそちらへ向かったのを見送れば、
「やあよかった。
きっと敦くんへの着付け中だと思ったのが当たったのはラッキーだったよ。」
暢気な声がしたものだから、やれやれと振り向いた敦くん、
すっかりと涼しげな浴衣姿にお着替え終了している太宰と向かい合い、
ひょえ?っと妙な声が出た辺り、まだまだ修行が足りない様子。
黒に見えるほど濃い藍色の生地に、
よくよく目を凝らすと色んな藍や青で縞模様が入っている手の込んだもので、
腰に回されたのは灰白の博多帯。
相変わらずの包帯の白が袖やら襟元から覗くのにはもう慣れたが、
それよりも、
「流石ですよね、早変わりまで出来ちゃうとは。」
「はっはっは、必要に迫られて身についたまでさ。」
鷹揚に笑った美丈夫さんの一言へ、
……どんな必要だろうかと、
今宵は頻繁に小首を傾げさせられている敦くんだったりし。
いやそれは今更だから置くとして、
「それほどきっちり着られるのに、中也さんに頼ったんですか?」
ましてや、さっき自分で言ったよに、誰にも触れさせたくはなかろう大事な愛し子なのに、
そんな芥川の装いを、日頃センスが悪いのどうのと腐している中也に任せるなんて、
何かどこか理屈がおかしくないかとまたまた小首を傾げてれば、
「出来たぞ。」
ややあってそんな声が掛かり、
先程廊下の向かいの別室へ消えた二人が戻ってきた模様。
何の気なし、声に釣られたままそちらを見やった敦はだが、
そちらも落ち着いた印象の和装に着替えた黒の青年の様子に、おやと微妙に息を呑む。
自分も普段とは雰囲気の違う格好になったが、
彼の青年の変わりようは格別で、
抑々、清冽にして透徹、冴えた冬空のような印象のある人物だが、
それもまた打ち解けて気心が知れた反動か、気の置けぬ存在と化していたものが、
見慣れぬ浴衣姿の彼からは、どこか仄かに妖冶な雰囲気も匂い立つ。
漆黒の地に絣っぽい縦のぼかし縞がところどこで走っており、
帯はありきたりな角帯ながら、細く一条だけ真紅の糸が織り込まれていて、
それも何だか意味深に見えるから不思議で。
「流石だねぇ。
ちょっとばかり抜き衿の深さや襟の合わせの角度が違うだけなのだろに、
そのちょっとの按配が絶妙なのが、蛞蝓ながらいい腕だ。」
あ、と。
太宰の感心しきりな口ぶりで、ああそっかと得心がゆく。
細いうなじの覗き方、白い胸元の仄かな見えようが、
太宰の着付けではむしろ抑えられていたのだろうに、
中也に着せられた結果、絶妙な匙加減とやらで嫋やかな印象が増し増しになっており。
「手前、腐すか褒めるかどっちかにしろ。」
今更褒められても嬉しくはないものか、
ふいっと不機嫌そうにそっぽを向きつつ、居残っていた敦の側へと歩み寄るのが正直なもの。
「…あ。」
何だか微妙な空気になりかかったものの、
大窓の向こう、ぱっと点滅した何かに虎の少年が真っ先に気づく。
やや明るみも居残るか、それでも濃藍に暮れなずんだ空に、
先ぶれのそれかポポンっと小さめの花火が上がったようで。
「花火ですよ、花火。観ましょう♪」
揉めてごちゃごちゃしている場合じゃあないと、
大好きな兄人の腕を取り、出窓のように下の桟に幅があるところへ腰を下ろした敦に。
しょうがねぇなぁとの苦笑も甘く、
今日のところは帽子も手套もお休みの兄様、
さらりと流した赤い髪が映える端正な横顔晒したまんま、
すぐのお隣へ腰かける。
ほらほら次のは稲穂みたいな形ですよと、
無邪気に指差す少年の愛らしい横顔のほうをこそ眼福だと見やる兄様で。
そんな二人に倣う格好、隣の窓枠の逆の端っこへ、
やはり並んで腰かけた、そちらは端とした静寂が似合いそうなお二人も
時折 互いを見やりつつ、夜空に開く火華の輪を見やる。
相変わらずにドタバタ落ちつかぬ人たちなれど、
こんな宵もあっていいじゃないと、
今宵は花火の引き立て役の月が小さく笑ったような気がした晩だった。
〜Fine〜 18.08.13.
*ハウルの動く城、観損ねてしまいましたよ。
ほら落ち着いてと手を掲げられ、
ソフィとハウルが空中を歩くシーンがロマンチックで好きだったのに。
機会があれば書きたかった、実はセンス抜群な中也さんの着付けの腕前のお話です。
この後、夜店にいけないのはつまらないだろうからと、
タコ焼きと綿あめを作ってしまう器用な中也さんで、
「えええ、それってお家で作れるんですか?」
「いや、タコ焼きはこの鉄板があれば焼けようよ。」
関東の各家庭に人形焼きのプレートはなかなかないでしょうが、
タコ焼き用の鉄板が関西圏の各家庭に必ずあるというのはあながち大仰ではなく、
最近のホットプレートには当然のようにオプションとしてタコ焼き用のもついてきます。
綿あめもね、綿あめ機がなくたって
電動泡だて器と釘で幾つも穴を開けたアルミ缶と砕いた飴玉、
あとは段ボール箱とアルミホイル、アルコールランプがあれば作れますよ?

|